suginachaの日記

自律神経が乱れやすい体質に生まれた私の記録

給食が食べられない

家も学校も居心地が悪い日々。

昭和の時代は、引きずってでも学校へ連れて行く時代でした。

私は給食が喉を通らなくなります。

牛乳だけ飲み、学校生活を過ごしていました。

そんな異常な毎日なのに、私の親は助けてくれません。

どれぐらい、そんな日々が続いたのか覚えていませんが・・・

離婚して、母も大変だったのかな。

 

勉強机が家になかったので、祖父母が小さなテーブルを用意してくれたのですが、テーブルの裏に鉛筆で、バカ、アホなど心の叫びをグチャグチャになぐり書きしていて、母と祖母に怒られた記憶があります。